コンピュータはどんな種類の抽象的な対象でも扱うことができる。テキストはもちろん、絵や音を数値に対応させ、一種の抽象的対象と考えることで、スクリーン付きのコンピュータで自由に扱うことができると私は非常に早い時期に気がついていた。
TED(以下 T):私の興味には一方で抽象哲学(abstract philosophy)があって、また一方では、ショウビジネスもあったんです。映画にとても興味があって、映画の特殊効果についても、高校時代によく勉強しました。キングコングのような映画を見たのは11歳の時なのですが、とても感動したことをいまでも強烈に覚えています。今までに経験したなかで最も強い宗教的感動とも言えるものでしたね。このような映画を見た時、どのようにそれを作っているのかがすぐに判ってしまうんですよ。まず最初にこのシーンを撮って、別に撮ってこの部分を写真に撮って切り取ってそれに張り付けてといった具合に。だから特殊効果の順序、積み重ねがすぐ判るんですよ。映画そのものよりも、製作の技法のリンクの方法に興味を持っていたのかもしれません。
MIORI(以下 M):初めてコンピュータを知った時、どのようにお感じになりましたか。
T:二つのことがひらめきました。コンピュータができることについて、人々は嘘を言っていた。コンピュータは数学的なものだと言っているが、それは間違いだ。
M:間違いって、でも今でもよく信じられていることではないのですか?
T:そうです、その通りです。しかし、コンピュータはどんな種類の抽象的な対象でも扱うことが出来るのですよ。数学はその一つに過ぎない。数学的な抽象化は、会計学、天文学、そして多くの科学的計算に非常に役立ちます。しかし、絵やテキスト、これも抽象なのです。だからこの一般性が判った時、「何でもできるぞ!」と思いました。
ひらめきは「スクリーンが置けるぞ!」ということでもありました。コンピュータにスクリーンを置けば、新しい異種の映画マシンになると思いつきました。1960年代にはコンピュータにスクリーンはついていなかったんですよ。それですぐひらめいたのは、スクリーンがあれば、その上で、人間はいろいろな仕事をするようになるだろうと思ったんです。1960年にみんなにこれを言ったら私は頭がおかしいのだと言われましたよ。(笑い)
M:でもあなたの予想は適中したわけですね。
T:多くの予想が当たりましたよ。
M:他にはどのようなものがあるのですか?
T:ワード・プロセッシング、ハイパー・カード(hyper card)、 WWW(ワールド・ワイド・ウェッブ)これらのことは基本的にザナドゥ・プロジェクトから出ているんです。しかし、残念なことにザナドゥの意図する円環構造の完結(completion of the circle)と言ったものはまだ完成していません。私はトランスクルーシブ・パブリッシングと呼んでいるのですが、これはまだこの世界にはないのです。私はいつもこのサークル(circle/円環構造)を完全にしようとしてきたのですが、それは間違いだったようです。もっと簡単で短い時間で達成出来るゴールを設定すべきだったんです。ただ、私にとってはこれらのことはとても不合理に思えたのです。
M:そのような直感をどのように得たのですか?
T:ただ、向こうから来たんですよ。哲学的な観点からの全ての種類の抽象化ということ、そしてもう一方では、映画作りの観点がステレオビジョンみたいに両方から一致したのです。抽象化と映画が合致したのです。
1960年の秋に(円環構造が完結すれば)パソコン・ネットワークからの出版ということを考えました。版権(copyright)の問題はザナドゥのシステム上で解決して、「情報」のための、まるでマクドナルドのようなビジネス・チェーンを作ろうと思いました。これは、今もなお私のやりたいことです。